ハロウィンはもう日本の文化である。
正しく言い直せば近年のハロウィンでの盛り上がり方は
日本文化の延長線上にあると考えれるだろう。
今年も神無月の暮れには渋谷や、大阪の大都市にて若者たちの仮装大会が大いに繰り広げられた模様だ。

ハロウィンの起源は古代ケルト人による収穫祝いから由来し冬のはじまりに悪霊を追い出す意味を込めて
子どもたちが魔女やお化けに仮装し家々を訪れてお菓子をもらったりしする宗教的な風習である。
もともと日本人は古来から新たな宗教や風習を自らの文化に取り入れるのにはとても寛容な国であると言えよう。
神を祀り、仏を敬い
生を授かる際に神社で祈り、死に行く時は極楽浄土を求める我が国の習わしに疑問を感じる人は極めて少ない。
その理由はローマから続くシルクロードがインド、大陸を経て
最果ての東に位置する終着点になる地理的環境が生み出した結果だろうか。
飲茶は茶の湯に、支那そばはラーメンになるように世界の様々な文明は日本にたどり着くことによって消化され変容され成熟され新たな文化に生まれ変わるのである。
ある世界的に有名な人類学者は日本についてこういった言葉を残している。
「やがてアメリカがアメリカを忘れた時、
アメリカの良心を教えるのは
世界でただ一つ日本であろう。
中国が中国を忘れた時、
中国がこんな国であったと
教えてくれるのは、おそらく日本だろう。
それが日本なのである。」
近年のハロウィンの盛り上がりを冷ややかな視線で眺めつつ
しかしその性質を否定して今では当たり前になっているクリスマスやバレンタインがなくなってしまったら寂しく感じてしまうのが大半の現代日本人の感覚ではなかろうか。
そんな私も古代から受け継がれるこの日本人の気質にいささかな疑問を感じつつ
その寛容かつ偉大な精神に畏れと愛情を抱いてしまうのである。
参考文書:月の裏側 日本文化への視角 [ クロード・レヴィ・ストロース ]